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水戸地方裁判所 平成5年(行ウ)6号 判決

原告

有限会社松山(X)

右代表者取締役

星義浩

右訴訟代理人弁護士

土橋頼光

被告

茨城県筑波郡谷和原村長(Y) 飯島文彦

右訴訟代理人弁護士

中嶋忠三郎

橋本公明

理由

一  処分取消しの訴えの適法性について

1  原告が、本件各土地上にホテルを建築する計画を立て、被告に対し、右計画に伴う本件各土地の開発許可申請に要する公共下水道及び雨水の排水に関する法三二条の同意を求める申請をしたところ、被告が本件不同意をしたこと、原告が、平成五年四月二八日、被告に対し、行政不服審査法六条に基づいて異議の申立てをしたところ、被告が同年六月三日、右申立てを却下したことは、当事者間に争いがない。

2  ある行政庁の行為が、抗告訴訟の対象となる処分に当たるかどうかは、当該行為の根拠法規の立法趣旨、当該行為の位置付け、関連規定の内容等を総合勘案して決すべきであると解されるので、本件不同意について、右の点から検討する。

(一)  法三二条の「同意」という文言は、行政法規の一般の用語例からしても処分性を有する行為とは言い難いものであることを示している。

(二)  法は、右「同意」が処分であることを窺わせるような申請手続、処分要件その他の規定を何ら置いていない。

すなわち、法は、処分としての性格を有する開発許可に関し、三〇条において申請手続を、三三条において許可基準をそれぞれ定め、三五条においては、開発許可に対する許可又は不許可の処分は文書でもって当該申請者に対して通知すること及び不許可処分をするときには理由も併せて通知すべきことを定めているのに対し、三二条の同意については、右のような規定は何ら置いていない。また、法五〇条は、不服申立手続として開発審査会に対する審査請求について、五二条は、五〇条一項に規定する処分の取消しの訴えについて審査請求前置主義を採用する旨をそれぞれ定めているが、五〇条一項に掲げられた処分には、二九条の開発許可は含まれているものの、三二条の同意は含まれていない。

このような規定の仕方からすると、法が三二条の同意について処分性を有するものとして規定したとは考え難い。

(三)  法三二条は、同意を求むべき相手方を「開発行為に関係がある公共施設の管理者」としており、右公共施設とは、道路、公園、緑地、広場、水路及び消防の用に供する貯水施設といったものを指し(法四条一四項及び同法施行令一条の二)、これらは行政主体ではない私人によって管理されることもあり得る。法が右同意権者たる公共施設管理者から特に私人を除外する趣旨であると解すべき根拠はなく、かえって、法は、三九条においても、開発行為等により設置された公共施設について、私人が管理者となる場合のあることを予定している。したがって、同意権者には私人を含むというのが法の建前である。しかるに、法は、一般的に「同意」について、不服審査手続等の行政処分性を認める直接の根拠となり得る規定を置いていないのみならず、特に管理者が私人である場合を行政主体が管理者である場合と区別して規制する規定も定めず、また、同意を与える私人を行政庁とみなすといった規定なども置いていないから、私人による「同意」を公権力の行使の性質を有する行政処分とみる余地はない。そして、同意権者が行政主体である場合と私人である場合とを法が区別していない以上、行政主体がこれを行うときも、行政処分と解することはできない。

これに対し、同意権者が私人である場合には「同意」は行政処分ではないが、行政主体である場合には行政処分であると解すればよいという説があり、原告もそのように主張する。しかし、同一法条に規定された「同意」が、行政主体によってなされるときは行政処分となり、私人によってなされるときは行政処分とならないというような解釈を当該法律上の根拠もなしに採用することは、立法者意思を逸脱するものといわざるを得ず、かかる解釈を必要とする実際上の根拠も見い出し難い。

また、法三二条一項一四号は、開発行為によって影響を受ける地権者等の相当数の「同意」を開発許可の要件としており、私人である「公共施設」の管理者については、右「同意」が必要になるから、法三二条の「同意」を要しないとする説もある。しかしながら、前者は、開発行為によって影響を受ける土地、建築物、工作物等の所有権等の保護を目的とする規定であり、その「同意」は、当該権利者の権利擁護のために要求されているものにすぎない。これに対して、法三二条の「同意」は、法一条の定める目的、すなわち、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図」る目的を達成するために、公共の利益の観点から、当該公共施設の管理者に同意、不同意を判断する権限を与えたものであって、その管理者の権利のために認められた権限ではないから、右のような解釈も採り得ない。

3  以上のように、法三二条の不同意は、法の目的、規定の位置付け、関連法規の内容等を総合勘案すると、公権力の行使たる性質を有するものとはいえないのであるから、抗告訴訟の対象である処分に該当せず、原告のこの点に関する訴えは不適法である。

二  同意を求める訴えの適法性について

行政庁に対し、同意を求める訴訟が許されるか否かについては、行政事件訴訟法には何ら規定がない。行政庁が同意を与えるかどうかは、その判断に委ねられるものであるから、裁判所がその点の判断を行うことは、行政庁の権限を侵害するものとして、原則として許されないものといわねばならない。

本件においては、同意を与えるかどうかは、被告の裁量的な判断に委ねられているだけでなく、本件の事実関係のもとでは、原告の権利救済を図らねばならないような緊急の必要性を認めることはできず、同意を求める訴えは不適法である。

三  損害賠償請求の適法性について

一般に、損害賠償請求のような給付請求においては、給付請求権者であるとする原告により給付義務があると主張される者が被告適格を有するといえるが、主張された法律関係において、給付義務者たりえない者は被告適格を有しないものといわざるをえない。

本件の原告の主張によれば、原告の損害賠償請求は、本件不同意が違法であることを理由として、国家賠償法一条一項に基づいてなされたものと解されるが、同条項における責任主体は、国又は地方公共団体であって、地方公共団体の長が責任主体とはなり得ないのは明らかであるから、原告の被告に対する損害賠償請求は被告適格のない者に対する不適法な訴えである。

四  結論

以上のとおり、本件訴えはいずれも不適法であるから、その余の点を判断するまでもなくこれらを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 來本笑子 裁判官 松本光一郎 坪井昌造)

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